木霊のいなくなった神社の話

木霊(こだま)とは樹木に宿る精霊のことである

この話は筆者の大変身近な神社の話である。
地元の茨城県に小さな神社があり、昔から「はちまんさま」と呼ばれて親しまれている。
筆者も子どもの頃には神社内の鉄棒や、偉人の像などに登ってよく遊んだ。
参道には欅などの樹木が植えられ、木登りや虫捕りをしたものだ。
また、「はちまんさま」の本堂裏には、杉の木や椎の木などが鬱蒼と茂っており、椎の実取りの絶好のスポットであった。
ただ、昼間でも薄暗く、苔むした狛犬の像などもあり、子ども心にちょっとおっかない場所ではあったが、それでも好きなように遊んでいた。
今思えばかなり子どもに寛容な神社であったと思う。



豊かな木霊の森の出来事

この「はちまんさま」に初めて行った親族がいるのだが、曰く「ここには神様どころか、木霊(こだま)までいる、普通はこんなところに木霊はいないのに」とのこと。


木霊は参道の欅にいたそうだが、確かにそういうものがいそうな場所ではない。

参道は20メートル程度だし、小さな神社なのだ。
もしこの欅に木霊がいるとしたらかなり通行人に近い。

ただ、普段はひと気はなく、でも、うらぶれているわけでもない程よい佇まいの神社ではあるので、何となく納得もできた。
また、本堂裏の椎の木に混じって三本、立派な杉の木があるのだが、そこにもそれぞれ木霊が居るそうだ。

なかなか風情があるが、ということは、子供の筆者が椎の実を拾い、誰も見ていないからとその場で生のまま貪り食べていたのを木霊に見られていたということだ。

筆者は霊感などないので見られていても分からないが、少々恥ずかしいような気がする。

その後、この「はちまんさま」は宮司の代替わりに伴い、大掛かりな改修工事を行った。

参道の欅は枝をばっさりと整理され、境内が明るくなった。

本堂裏の木も何本か切られ、見晴らしが良くなった。

今まで正月におみくじなぞ販売した事などないのに、アルバイトの巫女さんが入っておみくじや破魔矢やら販売を始めた。

筆者も正月に行ったがなかなかの盛況ぶりで、改装は地元民に喜ばれているようだった。



残念なことに木霊が消えた・・・

しかしである。
親族曰く「参道の欅の木霊がいなくなってしまった」そうなのだ。

普通はいない場所に居た木霊なので気になっていると。

通常、木霊などは自然林などにいるもので、人通りの多い参道の木なぞにはいないものらしい。

何か理由があってそこにいたのだろうか?

その場所がお気に入りだったのか、約束でもあったのか。

まさか神様までいなくなってはいないかと心配したが、神様も本堂裏の三本杉の木霊もまだいると聞き、安堵した。

何故そんな心配をしたのかと言うと、以前その親族からは「神様のいない神社」の話を聞いたことがあるからだ。




経済市場主義で失われた伝統と精神性


どのような経緯で神様がいなくなってしまうのかは分からない。
新しい宮司は、古い「はちまんさま」を綺麗にして、盛り上げたかったのだろう。

実際、新しくなった神社は地元民に喜ばれた。

しかし、その結果、参道の木霊がいなくなってしまった。


ということは、人間の都合で不用意に木を切ったり、工事をやると、木霊どころか、最終的には神様の居場所まで奪ってしまう可能性があるということではないだろうか。

神聖な場所の開発には、本当に配慮が必要なのだ。

枝を落とされたが、欅は現在も参道にある。

人間のやった事を許して、ひょっこり戻ってきてはくれないだろうか。


人通りの多い参道にいた木霊なら、人が好きだったのではないか。


それならきっと分かってくれるのではないだろうかと、都合のいいことを考えてしまう筆者なのであった。

ページのトップへ戻る