パワーストーンに念は宿るか?

天然石をパワーストーンと呼ぶ胡散臭さについて

天然石はあくまでも鉱物である。
そこに美しさや商業利用出来る価値を人間が見いだすことによって商品となる。その中のひとつの商用利用がパワーストーンと呼ばれるものである。

筆者は個人的に天然石を集め、フリーマーケットなどで放出しているが、購入者の多くがパワーストーンとして天然石を求める現状に驚愕した。

パワーストーンに念が宿る?

購入者の質問に以下のようなものがある。

「パワーストーンは人が使ったものをもらってはいけないと聞いた、他人の念が宿っている」

「他人ではなく自分で触って選んだ石でないと、他人の念が宿ってよくない」

他人が使った天然石のアクセサリーを使っていけないなら、古物商で購入したジュエリーは全て呪いがかかっていて古物商が潰れる。

また、他人が触った石が不可なら、原産国で業者が切り出した石を選別、カット、磨きの作業を経て輸入までされたその石は呪いの念の塊としか表現しようが無いと思われる。

思うに、日本人にはケガレの思想が根底にある。

他人の手に渡った品物を嫌う感覚が、天然石にもあるのだと思われる。

個人的には、美しく鉱物が成長する数千年、数億年という歳月に人間のたった数十年の思想や念ごときが不着するわけがないと考える。

念がインフルエンザウィルスと同列な扱いになっている。


実際に念が宿ったと思われる事例について。

筆者は上記のようにパワーストーンに念が宿ることには否定的であるが、そう考えざるを得ない事例に遭遇した事がある。
知り合いから大振りなローズクォーツのネックレスの修理依頼を受け、修理を外注した際のことだ。
外注先から修理が完成したという電話があったのだが、その際このようなことを言われた。

「この持ち主は今大丈夫なのか、ネックレスから きゃああ、助けて、と声がするのだが」

修理主に依頼主の情報は伝えていない。筆者は気味悪く思ったが、持ち主にそれとなくネックレスの修理が終わった事と、近況をそれとなく聞いてみた。

すると、ネックレスの持ち主はあるトラブルに巻き込まれていて精神的に大変な状態であった。

驚いた。

また、普段から天然石を扱う時に、100点のうち2、3点は手に持った時にビリビリとした感覚を持つものがある。
筆者は念を感じたとは思わない。ただ、そういう石もある。

天然石の成分が全て解明されているわけではないので有機体である生物と鉱物がなんらかの反応が発生していても別に不思議ではないと思う。

でも、それではネックレスの持ち主と面識のない修理者の発言とのことは説明がつかない。不思議である。

パワーストーンの念を取り除く方法について

個人的に念というものには懐疑的だが、経験上念と言われるものを消し去る方法がわかった。

上記のネックレスだが、修理者の手に渡った直後は声が聞こえたが、預かって3日経つと声は聞こえなくなったそうだ。

また、筆者の体験だが、手にとってビリビリと感じた石も3日経つと何も感じなくなる。

つまり、3日以上元主から離れれば念と言われるものは無くなると思われる。
どのような理屈か分からないが、事実である。
気になる人は試していただきたい。

そして、パワーストーンやご利益といったことではなく、石というものの美しさを純粋に楽しんで欲しいものである。




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