人生の行き詰まりをどう考える?

行き詰まりのない人生など無い


おそらく、人類が誕生して文明が栄え、社会が複雑になって、今も昔も人生に行き詰まって、色々と悩むのは歴史上の偉人たちでも同じではないだろうか?

いかなる年齢になったとしても、人生に行き詰まりを感じることは2回3回4回と多くあるだろう。
いろんな哲学者がいろんなことを考えて、ギリシャ哲学を残したり文学を残したりしているが、 人生というのはそれで解決できるほど単純なものではないだろうか?
悩みというものは多種多様であり時代によっても違う。
人一人に対して一人の人生があるのだから、幾万もの人々に対しては幾万もの悩みがあるだろう。


さてそこで人生に行き詰まった時にどのように偉人たちは考えたのか?
彼らは決して諦めなかった、あえて自殺を選んだ者もいるだろうが、それでは人生の解決にはならない。


ろくでもない世の中はどう生き抜くか?
そしてその生きるということに対してどのような価値を見出すか?
そして死をどのように見つめるかという死生観の問題や宗教観の問題など、人類の根源的な悩みについて語ろうと思う。


まず悩みに直面し、人生に行き詰まった時は、焦って慌てふためく必要はない。
偉人たちはチャンスをうかがっている。


チャンスが来るまで辛抱強く我慢をし、なおかつそのチャンスを自分のものにするために自分の武器を磨く。
その不撓不屈の精神を支える、ちょっとした楽観主義も必要かもしれない。
基本的に悲観論であっても全体的には楽観主義であるというのは日本人の特徴だ。
災い転じて福となすと言う。
そして人生をもっと俯瞰して見つめ直す機会にしてみる。


今までの人生の戦いとは何だったのか?
自分にとって本当に大事なものは何か?
生きることとは何か死ぬこととは何か?
そうやって自分を見つめなおすきっかけにもなるし、自分探しのお供に古代の哲学を学び直すというものは異常に後から自分の人生を振り返ると有意義になっているかもしれない。


そうやって人生をより深い味のあるものにしていこうと思う。


コーヒーは精神にいい

珈琲を淹れる珈琲を淹れるイメージ
本を読みながらコーヒーを飲むと気が楽になる。
非常にアナログチックなことではあるがこうやってゆっくりと時を過ごすことは、人生に行き詰まった時に大事である。
ついでに古典を学び直す。
古典というのは、普遍的な人間の価値が時代を経て淘汰されることなく受け継がれている文学に対しての価値や伝統に改めて敬意を払いたい。

古典音楽を楽しむ

現代的なミニマリストではないので、シンプルかつ普遍的な価値のあるクラシック音楽というものも楽しみたいと思う。
シンプルな曲の構成であってもその中には人生という深いドラマが内包されており、行き詰まった人生に潤いと栄養を与えてくれるだろう
長い人生には立ち止まることも重要だ。

古典芸術に触れる

何の変哲もない絵画であっても古典的な今に残っている絵画には深い意味が込められている。
まるで自分自身の人生の苦難のようなものであり、人生に行き詰まった時こそ、このような普遍的な芸術作品に素直に触れられる時ではないだろうか?

あえてゆっくり休む

人生に行き詰まった時に合わせる必要はない、むしろゆっくり休む時は今である。
エリートほどそういう時間も大切にする。
完全なエコノミックアニマルではなく、一人の人間の人生として長期休暇を楽しみ大切にするということは、人生をより深めるための大きな栄養となり材料となるだろう。
また、長期間休むことは健康にとって非常に良い。
メンタルにとってもプラスに作用する。
今まで考えつかなかったアイディアやひらめきが生まれてくるし、ゆっくり休みながら本でも読んで学ぶことは人生にとってもプラスである。

常に人生にはチャンスがある

常に人生にチャンスがあると思っているからこそチャンスに巡り会えるし、チャンスをチャンスだと認識することができる。
もう私にはチャンスがない!なんていう考えに陥ってしまったら、本当にチャンスがあったとしてもそれを見失ってしまう。
どこかプラスの思考を持っておくべきである。
そもそも世の中とはどうしようもなくろくでもないものである。

その現実は現実としてあるが、だからといって人生が終わったわけではない。
そういう中でも工夫や努力によって、ある程度自分の人生を改善できるということは事実であるし、そういう積み重ねによって社会は発展してきた。
ただ現実に打ちひしがれるよりも少し前向きに生きるだけでもその積み重ねで人生は変わっていくものだ。

自分の考えを声に出す

自分の考えてることを声に出すことは非常にスッキリする。
自分を表現できてクリエイティブである。
どんなに汚い言葉でもいいありのままの自分を声に出すことで、自分自身が洗練されていく。
そして心がすっきりする。
心のもやもやが少しなくなり、一歩前を向いて歩こうと前向きになれる。
鬱になるまで自分を溜め込まなくていい、ありのままの自分のことを話すということは、決して悪いことではない。
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