日本はどこへ行っても良い意味で同じだった

日本人の精神は、どこに行ってもあまり変わらない。

見た事あるんだ、この景色。

私はこれまでに仕事で北は北海道、南は与論島まで多くの土地に足を運んだ。
何より一番日本で、こんなにも素晴らしい場所は他にないと思ったのは、与論島だ。
与論島は、最南端にある小さな島で5,000人ほどの人口である。与論島に行くには、沖縄からフェリーと飛行機。
鹿児島からは飛行機が出ている。
空港が凄く小さいのだが、そこで島民の方達が家族や知人を歓迎したり、見送ったりしている。


小さな島だから、みんなが賑わっていて島に到着した瞬間に昔の懐かしい日本の風景や情景が感じられると思う。
それは、気温の暖かさだけでは無く、島の人の温かさも感じられると思う。
空港を出れば、すぐに青い海は見えてきて、500メートルほど進んだら、右側に小さな小屋がある。
そこには二匹のポニーがいる。
海を見ながら馬を触るのは、なんともゆっくりとした時間で穏やかな空間と癒しの時間が流れるのだ。


与論島には幻の浜と言われる”百合が浜”という離れ浜で時間帯によっては、潮がひき海の上に浮く浜に降りることができる。
そこから海を眺めるとそれはまるで楽園で天国にいる気分を味わえるのだ。
百合が浜の砂は星形をしていて、与論島では、その星の砂を歳の数だけ集めると幸せになれるという言い伝えがある。


また与論島には、ハイビスカス通りという小さな商店街があり、有名な居酒屋の一つで”TukTuk”という居酒屋がある。
そこは地元の人が集まり、三線を弾いてくれたりカラオケが出来たりなど、時間を忘れる程で島民の方が暖かく迎え入れてくれる。
TukTukを出て5メートルほど歩くと、お洒落なCafeがある。
ゆっくりとした時間とお洒落な空間とお洒落なカフェに気分が癒されること間違いなしだ。


何より与論島の名物は、人と海で、それは都会にはない、人と人との強い絆を感じるのが、この島である。
困った時みんなで助けあったり、誰に対しても悪い事を言う事もなく優しい人柄の与論島民に皆、人間としての在り方を学べると思う。


また青い海には、嫌な気持ちや凹んでいた気持ちもすぐに癒すパワーがある。
与論島には落ち込んでいる人は、いない。
落ち込んだとしてもすぐに皆で笑い飛ばし、青い海に癒されてしまう。
その島に人生のうち一度は行ってみてほしい。



勝っても負けても何クソ根性だ。

2020年、日本では待ちに待った東京オリンピックが開催される予定だった。
私は一つの競技を絶対見逃さない。
それは柔道だ。


日本の伝統競技、柔道の生みの親”嘉納治五郎”。
私は嘉納治五郎の考え方や取り組み方に感銘を受けた。
嘉納治五郎は、戦後に生まれ。
治五郎は背が小さく、周りの友人からも身長の事について馬鹿にされることが多くあった。
その度に治五郎の母は”人には親切にしないといけない。そして落ち込まずに何クソ根性で強くなりなさい”と教わるのだ。


ある日、治五郎は道を歩いていると弱そうなお爺さんが若者に絡まれている姿を見かけるのです。
母の教え通り「人に親切にしないと」と思いお爺さんを助けようとした瞬間!!ドスン!!お爺さんは若者をヒョイっと投げてやっつけたのだ。


その姿をみた治五郎は、その技を教えてもらおうとするのだ。
特訓をし、強くなっていく治五郎だが、周りの人に柔道の素晴らしさを伝えようとするが、当時柔道は、人を殺すためのものであり、誰も理解をしてくれないのだ。
そこで、警察学校に行き、柔道の技を見せた時、治五郎よりも随分大きな男の人と闘う相手を意図も簡単に倒すのだ。
そこから、治五郎の柔道を取り入れたいと警察で取り入れられるようになったのが始まりだった。


そこから、オリンピック協会の人から声がかかり当時オリンピックに日本人が一人も出場していなかった時、治五郎は日本という国の精神を世界に知らせるために戦うのだった。
日本にオリンピックを開催させてほしいと言う願いが叶った治五郎は、77歳。
日本に帰国する2日前に船の中で肺炎で亡くなったのだ。
しかし、治五郎の思いを継いだ弟子達は、なんとか日本でオリンピックをと言う強い思いで実施する事が出来たのだ。


そして、オリンピック競技に柔道が選ばれたのも、治五郎が常に思っていた勝っても負けても何クソ精神。
色々な苦悩があったが、何度もここからが勝負と立ち上がってきた治五郎がいたからこそ、今の柔道があるのだ。



天使のくれた時間は、天使だ。

ニコラスケイジ主演のヒット映画「天使のくれた時間」は、私の中で忘れられない傑作となった。
ニコラスケイジ演じる、ジャックは、会社の取締役。
お金も地位も名誉も全て手に入って今の生活に何も不自由なく独身生活を満足に過ごしていた。


しかし、クリスマスの日、ジャックが何気なく立ち寄ったコンビニで強盗まがいをする黒人男性に遭遇するのだ。なんとか殺害をされる事もなく、安心し高層マンションの自分の部屋に帰り、ベッドに寝りに陥る。
しかし翌朝、ジャックは目を覚ますと、そこは散らかった部屋で、賑やかな子供の喚き声と犬のヨダレに起こされる。
家を歩くと、昔付き合っていた恋人がいて、ジャックに「クリスマスの準備をして」と何食わぬ顔で話しかけるのだ。
現実と違う事に気づいたジャックは、現実の世界に戻ろうと会社や住んでいたマンションに戻るのだが、今まで親しくしていた同僚やマンションの管理人もジャックの事を部外者扱いするのだ。
そこで強盗まがいの黒人と出会い、自分が非現実の世界に引き込まれた事を思い知るのだ。


元恋人の旦那、家は散らかり、みすぼらしい格好。
大手の取締役ではなく、タイヤを売る仕事。
毎朝犬のヨダレで起き、なんて最悪なんだと思っていたのだが、次第に、どんな時も味方でいてくれる家族や愛してくれる家族に情を抱くのだ。 


ジャックの中で、自分の成功は。社会的な地位やお金を稼ぐことが成功だと思っていたけど、愛してくれる家族や可愛い子供がいる事に次第に普通でありふれた生活だけど、こんなにも温かい生活があったのだと、これが本当の幸せなのだとジャックは気づき始めるのだ。
やっと本当の幸せを手に入れようとした時、ジャックは現実の世界に引き戻されてしまう。
そこで元恋人と出会うのだが…と言うストーリーなのだが。
私自身も、この映画を見終わった時に、自分自身と重なる部分があった。


人間誰しも、一度はお金持ちになりたい。
大きな家に住みたい、モテたいと願う。
でも、実際本当の幸せは、普通でいいから、誰かを一生懸命に愛し、どんな仕事でも一生懸命に働き、格好悪くてもそうやって愛に溢れた生活は、素晴らしいなと感じたのだ。



世のため人のため俺がやらねば誰がやるんだ

熊本県、矢部町に大きな水道橋がある。
その橋の名前は「通潤橋」。
大きな橋で、時間帯によって、その橋から大量の水が放射されるのだ。
その端は、江戸時代に布田保之助が中心となって、この橋を作った。


当時の熊本県のこの村は、水が通らず稲作が思うように育たなかった。
村の人たちが栄養失調になり苦しむ中で、村の人々を救うために、保之助は村に水道橋を作ろうと提案をするのだ。


しかし、周りの反応は「無理に決まっている。諦めろ。」と言うマイナスな言葉ばかりだった。
そこで保之助は、たった一人で水道橋を作るために動くのだ。


何度も試行錯誤をし、失敗をしては、また挑戦と、懸命に村の人の命を救うために働く保之助の姿をみて、村の人たちは次第に力を貸すようになったのだ。
そこから、月日は経ち、幾度もの失敗を繰り返すのだが、やっと完成し作り上げられた通潤橋は、村の稲作を育て、村の人は救われた事から、今となっては国の重要文化財となった。
保之助は、失敗を繰り返すために「俺がやらねば誰がやる」その精神を持ち、村の人を救うために戦ったのだ。


多くの人に諦めたほうがいい。
無理に決まっていると言われても、絶対やると歯を食いしばり頑張る保之助の作った通潤橋にはパワーがあり、歩けば力を貰えると思う。


私は行き詰まった時、落ち込んだ時、この橋を歩くとパワーがもらえるのだ。



    

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