ウ号作戦

牟田口廉也と言えばインパール作戦です。

河辺正三と愚将として、現在も知られている所です。

補給もままらないのに、大群を引き連れてアラカン山系を山派し、一時期コヒマを取りましたが、イギリス軍の猛反撃にあいました。

輸送線が伸び切った所に、空中からの補給をイギリスは行い日本は駆逐されてしまいました。
米軍の支援を受けたイギリスと、食うものに事かく日本では闘う前から勝負は決まっていました


なぜか38式自動小銃で武装

広い中国大陸で闘った日露戦争では、30年式を始め38式も日中戦争では、ライフルとしては古いという人がいますが、全くそんなことはなく性能としては問題はなかったでしょう。

しかし刀で行ったら山で闘うのだから、むしろ小太刀の方が有利です。

イギリスはサブマシンガンを使用してますが、日本も100式という最新のオートマチックアサルトライフルがありましたが、これをなぜか運用しませんでした。

第31師団長佐藤幸徳中将

補給が途絶えた事で餓死と疫病で死んでいき、限界を感じた佐藤師団長は撤退を決意。

命令書を無視した陸軍ではあってはならない事ですが、これを軍法会議にかける事はありませんでした。

天皇を守るためなんでしょうが、裁判で実情を語ら得れるのが嫌な陸軍が、心神喪失という事で片づける。

今の日本とよく似ています。


これを見ていると東電を思い出す

東電に限った事ではありませんが、偉い人が我先に責任逃れするのは、周りを呆れさせるのだが問題は当人はその事について、なんら気にしない図太い神経の持ち主である事です。

牟田口も当然反省はしないし、むしろ自分の指示従わなかった部下に問題があると、これはヒトラーや竹中平蔵も同じでした。



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