第一航空艦隊

昭和16年4月10日、日本海軍の連合艦隊に最強の機動部隊が誕生しました。


その名は、第一航空艦隊(別名:南雲機動部隊)です。

この第一航空艦隊の司令長官には南雲忠一(中将)が着任しました。


第一航空戦隊の旗艦は空母「赤城」で「加賀」と戦隊を組んでおりました。

第二航空戦隊の旗艦は空母「飛龍」です。こちらは「蒼龍」と戦隊を組んでおりました。


秋口に新設されたのが第五航空戦隊で旗艦は空母「翔鶴」で「瑞鶴」と戦隊を組みました。

これに空母を護衛・掩護・偵察任務をこなす役割として、戦艦や巡洋艦。
さらには駆逐艦が随伴しておりました。

真珠湾攻撃

南雲機動部隊は猛訓練の末、昭和16年11月26日に択捉島を出港します。

目標はハワイ真珠湾。
米太平洋艦隊を撃滅しようというのです。


荒天の北太平洋を越えて、ハワイ近海に展開する南雲機動部隊。
ついに「ニイタカヤマノボレ1208」が旗艦「赤城」が受信しました。


世にいう太平洋戦争の開戦が決定されたのです。
昭和16年12月8日に開戦しました。

南方作戦

真珠湾攻撃で大戦果をおさめた南雲機動部隊でした。

未帰還機は29機です。

昭和16年12月22日、南雲機動部隊は呉に入港し、山本五十六連合艦隊司令長官に結果を報告しました。

山本長官は南雲長官を労ったそうです。

年が明けて、まだ正月気分の抜けきらない時期に、南雲機動部隊は出港します。

目的は南方資源地帯を確保するための南方作戦でした。


ミッドウェー海戦

南方資源地帯の確保に成功した日本軍は、次の作戦を決めかねていたそうです。

そうしている時に、日本の首都の東京がアメリカ軍に空襲されてしまいます。

アメリカの空母を撃沈してミッドウェー島を占領して、その後ハワイをも占領する作戦がたてられました。

その前哨戦としてミッドウェー作戦が可決されました。

昭和17年5月27日(海軍記念日)に南雲機動部隊は朝靄をついて呉から出港していきました。

結果としては、凱旋帰国するはずだった空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」4隻の空母の姿はありませんでした。

ここから太平洋戦争の主導権は日本からアメリカになったそうです。




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