公明党の歴史

公明党の成立について

公明党とは、池田大作ではなく戸田城聖と言う、二代目の会長が立ち上げた政治組織である、公明政治連盟が始まりである。
公明党の前身である公明政治連盟は、公明正大な政治をやろうということで、創価学会の文化部の中から議員を選出して政治をやろうということで誕生した。


創価学会は政治権力を手に入れることで、政治力を駆使して自らの宗教でやりたいことをやれるかもしれないという思惑があったようである。

当時の創価学会がやりたかった国立戒壇

国立戒壇とは日蓮仏法の国教化のことである。
当初創価学会は日蓮仏法を、日本国の正式な宗教として認めさせることが目的であった。
しかし残念ながら戸田城聖は死去し、国立戒壇の計画は一旦白紙となった。

池田大作による公明党の結党

戸田城聖の死後、池田大作が正式に創価学会の三代目会長に就任すると、公明政治連盟を公明党と改名し、国政選挙に打って出ることになった。
公明党が国政に議員を送り込むために、創価学会員は総動員され、フレンド票と呼ばれる創価学会員による選挙での議員票集めが本格化した。



フレンド票とは?

フレンド票とは、創価学会の会員が、会員以外の友人に公明党の選挙への投票依頼を頼むことによって、創価学会に所属している会員以外も創価学会の政治組織である公明党に票を入れさせることである。
フレンド票は、選挙の投票を頼む行為であり、物品や金品を渡さなければ買収行為とはみなされない。
創価学会会員の認識では、折伏の選挙版ということになっている。

言論出版妨害事件について

創価学会と公明党によるフレンド票による票を集めなどについて、政治評論家の藤原弘達という明治大学教授が、社会的に問題がある行為だとして創価学会を批判する本を出したことが始まりである。
そのタイトルは「創価学会を斬る」と言う挑戦的なタイトルの批判本であり、この本の出版を知った公明党は、書店や出版社に圧力をかけ本の出版自体を取り止めにするように働きかけた。
それだけなら、そこまで問題にならなかったが、問題なのは公明党の議員だった竹入義勝が当時の幹事長だった田中角栄に出版を差し止めるようにお願いをしたことが極めて大きな問題となった。


田中角栄のお願いに対し藤原弘達は、政治権力を利用した公明党の圧力だと激昂し、逆に藤原弘達は自身の著書である創価学会を斬るにさらに加筆を加え、より衝撃的な内容で出版をしてしまった。
その一連の動きが炎上し大きな話題となった。

この一連の動に対して、政教分離に明らかに違反しているということで、池田大作は謝罪に追い込まれた。
その結果、創価学会と公明党の主要なポストに同じ人物を配置しないということで手打ちとなった。
また、創価学会が隠していた野望のひとつである国立戒壇と言う日蓮仏法の国教化は事実上断念された。



国立戒壇の断念で起きたこと

公明党が国立戒壇を事実上断念してしまったことで、 今度は日蓮正宗との間に大きな亀裂が入った。
これは、 日蓮正宗の総本山の意向に背いた形となったためである。
その結果、公明党と創価学会は、日蓮正宗と揉めに揉めて、日蓮正宗から破門されて独立するという流れになった。
破門されたことによって、逆に創価学会の教えがシンプルでわかりやすくなり、創価学会の会員数が増加する結果になったため、公明党の勢力も結果的に拡大することとなる。

現在の公明党

自公連立政権の誕生

自公連立政権とは、自民党と公明党が連立して与党政権になるということである。
結果として、公明党は議席数の過半数を押さえなくても事実上の与党となった。
公明党が連立与党になったのは1999年の小渕恵三内閣の時であり、55年体制と言われる二大政党制のバランスが大きく傾き始めた年である。

小泉改革の助長

公明党は連立与党になってから、小泉純一郎が時の権力者となると、小泉竹中改革と呼ばれる、自由化、規制改革、グローバル化を公明党も一緒になって力強く進めてきた。
具体的には郵政民営化が大きな成果であり、 その他にも派遣法の改正などが行われた。
この小泉竹中改革により、日本は格差社会となり、中産階級は消失し、ほとんど経済成長をせずに衰退していった。


この失われた20年の失策には公明党が裏で大きく関わっている。



公明党と中国の関係

中国ではそもそも宗教の規制が厳しく、創価学会は布教されていない。
なぜなら、 共産主義思想と宗教思想は水と油のようなものであるからである。
そのため、中国共産党は、チベット仏教や法輪功を目の敵にしている。
中国共産党としては創価学会という宗教が中国本土に普及されることは非常に厄介であるため、中国共産党としては公明党議員を買収する必要があった。
これが公明党と中国の本格的な日中友好の始まりである。


中国共産党による公明党議員への便宜は、日本国内の政治勢力に親中派と呼ばれる、中国贔屓の政治家を多く誕生させてる原因である。
今では、野党の民主党系列のみならず、公明党や自民党の過半数の議員も親中派と呼ばれている。
何らかの便宜を中国共産党より受けているということである。
自民党の中で一番の親中派として有名なのは、二階俊博幹事長である。

日中国交正常化と公明党

日中国交正常化は田中角栄が中国と日本の国交を回復する時に、公明党の竹入義勝が中国共産党とのネゴシエーターを務めたという背景がある。

現在の自民党と公明党の関係

現在の自民党と公明党の関係ではあるが、公明党の方がはるかに議席は自民党より少ないが、 創価学会という組織や選挙協力によって自民党議員が当選しているのが現実である。
よって、 公明党は政権与党の中で数は少ないがかなり強大な権力を持っていると言われている。



創価学会と自民党と公明党の関係

自民党と公明党は連立を維持したいが、そうなると自民党の政策を公明党は推し進めなければいけない側面が出てくる。
それは時として、創価学会の教えに反している場合もある。
例えば集団的自衛権の行使容認では、創価学会の教えては集団的自衛権など認めるわけにはいかないが、 公明党と自民党の政権運営では集団的自衛権を認めなければいけない局面になった。
しかし、 創価学会の教団の理念としては絶対的な世界平和を視聴するため集団的自衛権を認めるわけにはいかなかった。
これは自公連立政権として綻びが生じている事象である。


公明党を支える創価学会員の中には、今の公明党の政権運営に不満や疑問を持つ人が多く存在している。
この問題について、池田大作本人は高齢のためノーコメントとなっている。
これも創価学会の求心力の大幅な低下である。
これから先、政治組織としての公明党と宗教組織としての創価学会の理念は噛み合い続けるかどうか大きな疑問が残っている。



    

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