お金とお布施(財務)

激しい睡魔に見舞われつつ、今回は重大な問題なので神や仏を使った商売について書いているのですが、それを批判する親父の嫌味でも先に書いておきましょうかね・・・
「朝も昼も夜もいつもお金が必要じゃねえか、俺は不眠症なのにお前は生活するために寝てばかりだ」これは息子は無能者とでも言いたいのでしょう。
話を元に戻します。

全然、教団ではなく神様にお金を払うことはいいですけど、財務を強制をする団体には一円たりともお金を出したくありません。
神様仏様にお金を寄付するより、貯金出来れば自分のためになると思います。
神様の為に教団が使うのも集団的自衛権と同じく、解釈の変更ですから新興宗教にはお金がかかるという事実を見えなくするということを見逃してはいけないと思います。
教団に寄付出来ないようになってほしくないから、母にお願いしているのです。
それ以外にも、某政党の司法書士は、すぐに借金問題に動いてくれるという事を言っていましたが、これって、よっぽど本人はお世話になったのだなとは思います。
私は借金まみれではない宗教はサービス業と言いたいです。
何故か某政党にお礼の事を、お布施と言っていましたが、理由はさっぱりわかりませんね。
教祖が絶対的力を持つ瀬戸内寂聴と池上彰の大ファンですね。
その話を大晦日の朝に聞かされて、よくよく聞いてみると、亡くなった息子が(息子の前でそういう言葉を言える所も面白いですが)時が経つと解決してくれる、これを仏教的な話ではなく、普通の言葉で祭事や布教が必要だと言ってくれるという事らしいです。
今の僧侶なんて税金が優遇されるものでしょう。
私は別に仏門に走っているわけではありませんが、どこの僧侶も笑顔で墓買ってと言いたい地獄の亡者の巣窟です。



死について考える

まあテロ教団は活動する金があって、自分が有名になりたいとお供え物でどんどん自分を立派に見せる僧侶というのは、結構賽銭が多いのですが、いまにいる寂聴ファンってかなりだそうです。
説法を聞いても感動をしないといいますか、良く売られていますよね。説法テープ10巻とかですね。

その時、朝のテレビで登山家だかピアニストだかが、死んだら土に帰るという事を言っていて、あれどこかで聞いたなと思ったらエホバの信者に勧誘された時、同じく寄付について言っていたと思い出しました。
キリスト教は死んだら土に帰るのですね。
やなせたかしが、死んだら愛する家族の元に帰りたいなどと話していたような気がしましたが、結局死ななきゃ分からないよなと私は思うのですけれどね。
例えば肉を食べる前から、肉を食べ終わった後の事を語るようなもので、まあ立派な供物もただの気休めだとか、信仰にお金がかかるものがあるのかなあと思っているのですが。
もう中年なんで布施は自発的にしろという圧力が親族からかかりますね。

宗教詐欺には注意が必要

キリスト教にも仏教もどうでもよく、新興宗教は全て詐欺だとおもうのでなくらいでしょうか。

そういえば、身体を使ったボランティアや人助けも施行だと騙されたくないとは私自身思います。
騙されたくはないのですが、破産するほどの献金を一生のうちに何回かして騙されてしまうのですね。
普通の人は普通の財産管理や手入れのスキルで十分という考え方もあるでしょうね。



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