踏切自殺した電車に乗り合わせるなんて

最悪の日のはじまり

丁度、大学生だった頃の話です。
最悪の一日のはじまりになるとは気が付かずに普通に、朝起きて、行ってきますと出かけました。

最悪の出来事は朝の、大学に向かう電車の中で起こりました。

たまたま、重なった偶然がもたらした不幸


何に遭遇したかというと、踏切に飛び込み自殺したおばあちゃんの事件に遭遇しました。

先頭車の窓付近に満員だったので、もう大学に到着かと思いながら、眠い目をこすっている様な状態でした。
駅の横の踏切で、電車は速度を落としていて、駅に停車しようとしている状態でした。

その時、電車の車内から偶然見てしまったのです・・・。

遮断機をわざわざ上げて、踏切に入ってこようとしているおばあちゃんの姿を・・・。


確か、背骨は少し、曲がっていた状態だったと思います。

電車は急に、ブレーキをかけ、駅にいた電鉄会社の社員が急に危ない状態を知らせる笛を吹き始めたので、電車の中は、「何がおきたの?」のという状態に陥りました。

電車内のパニック状態は、酷い災害が起き閉じ込められたという雰囲気ではなく、単に何が起きたという感じだった。



切れた後の生首を電車の窓を通して、見てしまいました

電鉄社員が新聞紙を持ってきて、生首を包み隠そうとしましたが、片付てられるよりも早く私は見てしまった!。

切れて間もない生首を!。

今でも映像はくっきり残っています。

口から少し、血が出ていましたが、目は閉じて、安らかに眠っている様な穏やかな感じでした。

恐ろしい形相の生首ではありませんでしたので、その時はそれほど、怖さの実感はありませんでした。


その後、自殺を見た恐怖がじわりじわりと

 怖さの実感が続いたのは、その日の午後から1週間程度だった。

何が怖かったか。
トイレで大きい方をする時が怖かった。

しかも、その時は大学生だったので、大学のトイレは古く、1か所のトイレで複数の人間がトイレを使用している確率は低い。
そういう状態だと、大の方をする時はほぼ、一人の状態で、電気明かりのスイッチはOFF状態だったので、汚い話ですが、しゃがんでいる状態の時に、上の処に、自殺したおばあさんの生首が乗っている気がして、用をたしながら、上を監視している状態が1週間続きました。

私にとってはそっちの方が怖かった。

偶然が重なって起きたおばあちゃんの自殺のトラウマでした。

踏切自殺の目撃トラウマを乗り越えて言いたいことがある

そもそも、自殺しようと考えること自体、余裕がなくなっている証拠で、周りの人へ与えるの影響など考えられるかもしれない。

しかし、あなたのその軽薄な行為が、周囲の人の人生にどれだけの影響を与えるのかを考えてほしい。

そして、世の中の不幸を堪え忍ぶと同時に、よりよい社会を気づくために、日本は主権を取り戻し、政治を良くしなければならない。

特に、財務省の緊縮財政は、社会を疲弊し混乱させているばかりか、統計的に緊縮財政とデフレが始まった98年ごろから多くの自殺者を生んだ。

この事実に目を向けず、自殺をすると他人に迷惑だとだけ言う、左翼的な人間にならないでほしいと、筆者は願う。



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