撤去しようとすると祟りがある羽田大鳥居

大鳥居とは穴守稲荷神社の鳥居だった

羽田空港の南西部にある一際目を引く大鳥居。
その奥に神社もなく、鳥居だけがポツンと立っています。
その都市伝説的な話と共に、ご存知の方は多いと思います。


朱色と言うより、赤に近いこの大鳥居は、元は穴守稲荷神社の鳥居の1つでした。

江戸時代、羽田は埋め立てられ、稲作が行われていました。
今は他所に移された穴守稲荷神社の縁起に依れば、沿岸の防波堤に穴が開き、しばしば塩害を起こしたので、村人達は防波堤の上に祠を建て、稲荷大神をお祀りしました。
すると、それからは海水が入り込むことも無く、豊作が続いたと言われる霊験あらたかな神社です。

そもそも稲荷大神とは、伊勢神宮の外宮に祀られ、天照大御神のお食事を司る『豊受姫命』に当たるので、田畑を守ってくれるありがたい神様です。

稲荷信仰もまた、豊作を守る神様で、稲を食べるねずみを退治してくれる狐も祀っています。

明治時代の写真を見ると、恐らくこの大鳥居を一の鳥居とし、社殿へと幾つもの鳥居が並んでいました。
境内には、木製の鳥居が沢山奉納されていたようです。
稲荷神社の特徴とも言えますね。

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GHQに依る撤去

戦後、GHQは羽田空港を軍事基地として使用し、更に土地を広げようとしたので、そこに住んでいた住民は48時間(24時間とも)以内に、強制的に出て行くように命じられました。

神社の社殿は現在の地(羽田5丁目)に仮社殿を建てて遷座出来たものの、鳥居は持って行くことが出来ず、恐らく次々と撤去されていったものと思われます。

しかし、この大鳥居は日米の業者が撤去しようとすると、怪我人・死者が続出。

更に工事用の機械に挟まって死亡する者まで出てきたので、これは「お狐様の祟り」と日本人が恐れたので、アメリカ側もこの鳥居の撤去は諦めざるを得ませんでした。

工事中止後も、発作を起こす人や、撤去に関わった業者の倒産等が続いたと言われます。

羽田空港拡張に伴う撤去

羽田空港は、成田空港が出来てからは国内線のみの空港でしたが、国際化の波に依り、また国際空港となりました。

それに伴う土地の拡張に依り、1982年にこの鳥居の撤去案が出されました。
案が出された途端に、1982年2月9日、福岡発羽田行きのJAL350便が羽田沖に墜落、24人が死亡し、149人が負傷するという事故が起きました。

滅多に起きない飛行機の墜落事故に、この撤去案も白紙に戻されました。

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移転案

1999年、更なる拡張工事に伴い、三度大鳥居の存在が問題となりました。
皆、もう撤去ということは念頭になかったのか、「移転」という案が出されました。
そして、工事当日。
天気も良かったのに、作業に取り掛かった途端に、突風が吹き始め、クレーン作業が出来ない状況になったのです。

そんな中、どうにか移転は出来、今ではこの大鳥居自体がご祭神のように崇められ、現在はコロナの収束を願う願文が大鳥居の足元に貼ってあります。

祟りがある大鳥居?

この大鳥居は、昔からこの土地で人々の生活を守り、人々もまた、霊験あらたかな大神様として、穴守稲荷神社を信仰してきました。
社殿は移転出来たのに何故?という疑問も残ります。

これは、豊受姫命をお祭りしている神社を守っていた大鳥居自身の祟りではないでしょうか。

神社は鳥居が入り口となり、そこから1歩入ればそこは神域です。
江戸時代から終戦まで、ずっと神域の恐らく一の鳥居として地域一体と豊受姫命を守護してきた矜持が念として残っていたのではないでしょうか。

神だけでなく、日本人ならわかると思いますが、物にも念が籠ることがあります。
しかも神社の鳥居ですから、アメリカ軍の強制立ち退きも、日本人の都合に依る撤去も、この大鳥居はこれからも許さないことでしょう。




    

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