イルミナティの概要

陰謀論、闇の世界を語る上でイルミナティを理解しなければ、その全容は見えてこない。

イルミナティとはアダム・ヴァイスハウプトという人物によって設立された闇の集団であり、彼らの行動をイルミナティ運動と言う。
アダム・ヴァイスハウプト
アダム・ヴァイスハウプト

イルミナティの行動

イルミナティは主に1789年から1795年にかけて続いたフランス革命の裏で暗躍した組織である。
表向きには、1784年にドイツのババリア政府によって解体され歴史の表舞台から姿を消したことになっている。
しかし、現実にはイルミナティの組織は、解体された後もフリーメイソンの中に組織を潜らせることで、今も歴史の裏舞台で暗躍をしている。
イルミナティとフリーメーソンの関係は歴史上、直接的には無いとは言っているが、現実にはフリーメーソンの地下組織としてフランス革命では秘密裏に行動していたようである。

イルミナティの思想

フランス革命で使われた標語「国家と宗教と私有財産をなくす」は、実はイルミナティが作りフランス革命のスローガンとして利用されていた。
イルミナティの思想の根底には優生学があるとされており、また、イルミナティ思想は現代社会でも、様々な影響を与えている。


まず、イルミナティは共産主義思想に大きな影響を与え、スターリンの粛清や毛沢東の文化大革命はイルミナティの思想から派生した共産主義思想によって行われたものである。
日本では、1972年に起きた浅間山山荘事件で、日本赤軍という共産主義思想の集団は仲間を粛清することを総括と称していた。


また、民主主義思想の根幹にある「自由・平等・博愛」は、もともとはイルミナティの思想である「国家と宗教と私有財産をなくす」によるものである。
現実的に、「自由・平等・博愛」という美辞麗句の裏で、マリーアントワネットのギロチンによる処刑をはじめとする数多くの残虐な行為が公然と行われていたのが事実である。
フランス革命の首謀者であるイルミナティの残虐性は、目的のためなら手段を選ばず、バスチーユ監獄の司令官と仕官、守備兵を道すがらに斬首し、群衆はその首を槍の先に掲げて市内を練り歩いた。
また、市庁舎に着いた群衆はその勢いで、市庁舎を襲撃し、役人の首も同様に槍の先に掲げられた。

これが「自由・平等・博愛」 の精神の本質である。



イルミナティの設立者ヴァイスハウプトとロスチャイルドの関係

ヴァイスハウプトはもともと、物乞いのような生活をしていた男であるが、 マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドに呼び出されて、話を持った結果、自由に使えるお金を何百万フランも持ってパリに現れた。
それと同時に3万人以上の凶悪犯を引き連れ、パリの貧民街に待機させた。
これらの凶悪犯はフランス革命時にパリの街で破壊と略奪を繰り返した。
この凶悪犯達がパリの街で暴れたのが1789年のフランス革命の時だった。

イルミナティの背後にはロスチャイルド家の支援があり、ロスチャイルド家の支援のおかげで、イルミナティが世界の裏舞台で暗躍していたのは事実である。

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