霊友会
霊友会の成立
霊友会とは、どのような組織なのでしょうか。
創立は、1930年7月13日です。
久保角太郎によって大正12年に設立された仏教の法華経系新興宗教であり、つまりは法華系の宗教団体であると言える。
久保角太郎は、1892年生まれで、法華経の研究と先祖供養の実践に打ち込んだ人物です。
”一人ひとりが自分自身を確立し、生きる意欲をとりもどすことだ。”
という主張を持っていました。
貧富や男女の差は久保にはありませんでした。
1944年に亡くなっています。
霊友会は公称2,615,549人の信者数を持つ法華系の新興宗教団体で、先祖供養が特徴であるという。
信者は霊友会が公表するには260万人の半分が日本人の信者であると言われている。
『宗教年鑑令和3年版』によれば国内信者数は、約110万人とされている。
キャッチフレーズは「いんなあ・とりっぷの霊友会」であり、非常にキャッチーなフレーズである。
戦前から霊友会は存在しているため、そこそこの歴史が存在する。
インナートリップとは?
インナートリップは自己の内面や魂の旅を意味している。
インナートリップの霊友会というキャッチフレーズを、ラジオなどのCMで聞いたことがあるだろうか ?
インナートリップとは霊友会を英語で名乗る時に使う名称である。
霊友会の特徴
霊友会の信仰の特徴は、信者は仏壇を持ち、お経を唱えることである。
そして、仏壇には分かる範囲の全ての先祖の戒名をかかげ、先祖の供養に重きを置くことだ。
法華経系新興宗教と言えば、創価学会が有名だが、創価学会のような高圧的なイメージはない。
昭和の中頃、霊友会から一部が脱退し、立正佼成会が設立される。
立生佼成会の方が「法華経」の経典に対して忠実であり、霊友会はそれに比べ、「法華経の経典の全てではなく、こちらで決めた一部だけを守ればいいよー」という少し緩めの性質を持つ。
しかし、法華経以外の宗教を宗教と認めず、これは法華経の教えに忠実であり、他の宗教に対して友好的ではないことも霊友会独自の特徴である。
霊友会の釈迦殿は宗教界で1位位、2位を争う素晴らしい建築物で、麻布台にあり、東京タワーに登ると必ず目に入る。
近代建築の1つとして後世にも残していきたい建物だと言われている。
霊友会の問題点
霊友会の問題点は、勧誘がしつこかったり、旅行等と偽り地方の隔離された研修施設で強制的に宗教合宿に参加させる等の問題がある。
日本の危ないやばい宗教団体ランキングで5位にランクインしている。
霊友会の主張
霊友会の宗教の教義の特徴は法華経に先祖供養の考えを融合したところである。
霊友会は、自身が不軽菩薩であると確信して布教活動をしていた西田無学が主張した「仏所護念」の意義付けをそのまま踏襲しており、〝死んだ人の霊のいる所を護り念ずること〟という解釈をし、自らの先祖供養法の根拠としている。
この西田無学の数えとは
- 出家を否定し、在家仏教を主張する。
- 夫婦双方の先祖を供養するため、総戒名という方式を用いる。
- 無縁墓地となった墓石を洗い、法名を写し帰って自分の家に祀り、供養をする。
- 『無量義経』訓読(開)、回向唱、『観普賢菩薩行法経』訓読(結)、祈願唱などからなる独自の経本を用いて読経・唱題する」というものである。
要するに、法華経による死霊供養を主張している。
霊友会は夫婦双方の先祖を無限に遡っていけば、全ての血統が無限に交差し、全ての先祖の霊を供養できると考えている。
それを体現したのが総戒名(そうかいみょう)霊鑑(れいかん)と呼ばれるものである。
総戒名とは?
総戒名とは、自分を遡って、自分に縁があると分かったご先祖様たちの名前が全て記載されている戒名のことである。
霊友会では、それを仏壇に祀って青経巻(あおきょうかん)というお経を読経する、
総戒名は自分から繋がっている人の名前が全て書いてあるため、ものすごい量になっている。
霊友会の考え
霊友会は世界平和を願い、一軒一軒の家庭の幸せが世界平和につながると考えている。
総戒名は幸せにつながるためのものだと霊友会では考えられている。
霊友会のお布施
霊友会にはお布施のような制度が存在していない。
その代わりに、 霊友会では月額500円の会費を徴収している。
霊友会の活動は特に悪い評判はなく、信仰して幸せになった人もいるらしい。
年会費も基本6千円とリーズナブルだ。
金銭的には悪い宗教ではなさそうだ。
霊友会の評判
霊友会は、勧誘などのノルマも存在せず、一般の人たちの評判はそこまで悪くはない。
しかし、赤い羽根共同募金の横領事件など、金銭的な問題を起こしたことは過去に存在している。
赤い羽根共同募金の横領事件は、久保氏の次のリーダーとなった小谷喜美氏が、 信者の義援金110万円を横領した事件である。
お金をお金でも、募金という善意によって集めたお金を横領したことは非常に質が悪いと思われる。
霊友会の分裂
現在の霊友会は様々な文化に分かれてしまっているが、そのきっかけを作ったのは赤い羽根共同募金の横領事件とされている。
霊友会、会長末吉将祠とは何か
会長は、末吉将祠です。
末吉は、1949年大阪府で生まれています。
1977年から、霊友会の役員を歴任されています。
末吉は、”声をかけよう””声をきこう”を合言葉に活動しています。
お互いの気持ちを受けとめ合う「つどい」を大切にしています。
1929年10月24日に世界恐慌が日本にも暗い影を落とします。
そんな状況の中、つどいが生まれ、霊友会は発会式を迎えました。
つどいでは、参加者それぞれの悩みや苦しみをみなで受け止め、解決してきた場です。
参加者は、そこから生きる力を取り戻していきました。